歴史年表
西暦709年より続く津観音の歴史を年表にまとめてみました。時代と共に変化する津観音の姿を年表から読み取ってみてはいかがでしょうか?
年 号 | 西 暦 | 事 項 | 参考事項 |
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和銅 2 | 709 | 本尊阿漕浦の漁夫の網により出現する。堂を建て仏像を安置する。 | 710 平城京に都を開く |
永享 2 | 1430 | 将軍足利義教朝命を奉じ一天静隠国家豊穣の祈願の為に三重の塔及び恵音院を建立して地領若干を付す。 | 1429 足利義教将軍となる |
文安年間 | 1444-1448 | 長円法印、伊勢国窪田の地に六大院(大宝院の前身)を開創する。 | |
文安 元 | 1444 | ・長円法印、宮中に参内し後花園天皇に「般若心経秘鍵」を講ずる。・11月2日、後花園天皇から六大院(大宝院)に綸旨を賜る。・長円法印、後花園天皇より僧正の官、上人号を授かる。・六大院(大宝院)、天皇の祈願所となる。 | |
康正 元 | 1455 | 11月3日領主教高公下知状に云く、「伊勢安濃津観音ノ事右恵日山観音寺ハ、津内為開発領主代々被致御祈祷精誠之間可令諸役停止者他」 云々。 | 1467 応仁の乱おこる |
延徳 2 | 1490 | 春、真盛上人伊勢国行化の時、山内不動院に留錫し観音堂において説法される。 | |
永正 16 | 1519 | 後奈良天皇により蓬莱山六大院(大宝院)の勅額(宸翰)を賜う。 | |
大永 元 | 1521 | ・宮中に祈祷の巻数、お茶を献上し、後柏原天皇女房奉書の返礼届く。 ・大永元年(1521)より天文6年(1537)まで例年の如く行われる。 |
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享禄 2 | 1521 | 4月20日、例年の如く祈祷の巻数とお茶を宮中に献上する。東坊城和長を通じて後奈良天皇女房奉書が届く。 | |
天文 3 | 1534 | ・六大院(大宝院)長慶上人、東寺における「弘法大師七百年遠忌勅会曼茶羅供」の十弟子を勤める。 ・3月3日、後奈良天皇から永宣旨を賜る。 |
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天文 5-6 | 1536-1537 | 8月3日、後奈良天皇女房奉書が宮中より届く。 | |
元亀 年間 | 1570-1573 | 草生村の安居坊を観音寺境内に移し智恩寺とし六大院(大宝院)末寺となる。 | |
天正 8 | 1580 | ・織田信包、六大院を窪田から観音寺境内に移して再興し、後に大宝院と称す。 ・大願寺、仙王院の二ヶ寺も大宝院に所属する故に同時に移転する。 |
1567 織田信長の伊勢侵攻始まる 1582 本能寺の変 1585 豊臣秀吉関白となる |
文禄 3 | 1594 | ・8月、12月、六大院(大宝院)の寺領地を検地する。(文禄検地帳) ・12月、豊臣秀吉 大宝院に寺領百石の朱印状を下付す。 | |
慶長 5 | 1600 | 8月、西軍の兵火に遭い一山の建物悉く焼亡する。 | 1600 関ヶ原の戦い |
18 | 1613 | 観音堂再建成る。 | 1608 藤堂高虎津城主となる |
元和 3 | 1617 | ・9月7日、徳川秀忠から大宝院に寺領百石の朱印状を下付す。 ・銅鐘並びに鐘楼堂再建成る。 |
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寛永 5 | 1628 | 藤堂高虎、銅燈籠1基、孔雀文磬を寄進する。 | |
6 | 1629 | 藤堂高虎、徳川家光の疱瘡平癒祈願の為に総門(仁王門)を建立する。 | |
13 | 1636 | 11月9日徳川家光より大宝院に朱印状を下付せられる。 | |
17 | 1640 | 国府阿弥陀堂、四天門を建立 | |
18 | 1641 | 藤堂高次公、本尊宮殿、護摩堂を建立 | |
貞享 3 | 1686 | 8月18日津藩主、藤堂高久より祈祷料として五十石の御墨付、久居藩主、藤堂高通から十石、計六十石の御墨付を観音寺に下付す。 | 1716 享保の改革 |
寛政 2 | 1790 | 本居宣長を迎え、観音寺山内不動院において歌会を盛大に催す。 | 1771 お蔭参り流行 |
天保 7 | 1836 | 手水舎の銅造水盤を製造する。 | |
天保 10 | 1839 | 具毘羅堂を建立する。 | |
嘉永 6 | 1853 | ・弁天堂を建立する。 ・国府阿弥陀、江戸出開帳の為4月出立、5月、回向院に於いてご開帳。11月帰還する ・江戸深川の鉄釘卸問屋40店から鉄製天水鉢1対が寄進される。 |
1830 お蔭参り流行 1868 明治維新 1889 津市制を敷く |
安政 4 | 1857 | 国府阿弥陀、江戸出開帳の為4月出立、5月、品川寺に於いてご開帳。11月帰還する | |
明治 3 | 1870 | 梵天堂建立 | |
38 | 1905 | 鐘楼堂の改築成る。 | |
大正 6 | 1917 | 観音堂、阿弥陀堂が特別保護建造物 (国宝) に指定される。 | |
昭和 20 | 1945 | 焼夷弾投下により41棟悉く焼失する。 | 1945太平洋戦争終結 |
43 | 1968 | 観音堂再建成る。 | |
55 | 1980 | 仁王門再建成る。 | |
59 | 1984 | 鐘楼堂再建成る。(弘法大師1150年御遠忌記念事業) | |
61 | 1986 | 手水舎再建成る。 | |
平成 元 | 1989 | 宝物庫を建立する。「津観音大宝院の名宝」図録を刊行する。 | |
5 | 1993 | ・津松菱に於いて「津観音大宝院の名宝展」を開催する。 | |
6 | 1994 | 護摩堂の再建成る。 | |
13 | 2001 | ・津観音資料館(講堂)を建立する。 ・三重県下初の木造五重塔を建立する。5月27日に落慶法要を 執行する。 |
2006 市町村合併により新津市誕生 |
18 | 2006 | 図録「津観音大宝院の宝物」を刊行する。 | |
21 | 2009 | 11月21日から23日、津観音開創1300年記念事業で 「庭儀三摩耶戒大法要・結縁灌頂」を執行する。 | |
23 | 2011 | 11月13日、抜苦与楽地蔵尊の除幕開眼法要を執行する。 | |
24 | 2012 | 12月2日、『伊勢の津七福神』開創法要を執行する。 | |
25 | 2013 | ・永代供養塔を建立する。 ・中世の仏画5件8点が三重県県有形文化財に指定される。 |
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26 | 2014 | 大宝院文書51点3冊が津市有形文化財に指定される。 | |
27 | 2015 | ・3月~5月 津市の石水博物館に於いて「津観音大宝院の歴史と美術」を開催する。 ・3月24日、「小津安二郎 記念碑」除幕式を執行する。 ・11月23日、真言宗醍醐派の別格本山に昇格しました。 |
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28 | 2016 | ・弘法大師像が国重要文化財に指定される。 ・仏画6点、絵画1点、典籍2点が市指定有形文化財に指定される。 |
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29 | 2017 | 大宝院文書50通4冊、附6点が三重県文化財に指定される。 | |
30 | 2018 | 紺紙金銀字千手千眼陀羅尼経 1巻が三重県文化財に指定される。 銅造 阿弥陀如来立像 1躰が津市文化財に指定される。 |